INSIGHT 1
実在の「人」を反映していないデータは、ただの数字
~ 測定におけるビッグデータ活用の一考察~
ニールセン 最高データ&リサーチ責任者 Mainak Mazumdar
米国のメディア業界にとって、3月から5月は文字通り春の季節です。メディア全体を横断するアップフロントイベントが開催され、拡大し続けるコンテンツ市場は、広告の売り手と買い手に多くの機会や膨大な情報をもたらします。その中で、測定におけるビッグデータの活用に関する議論が高まっています。
広告主はこの時期、特にデータを重視します。デジタルに対する消費者のエンゲージメントが強くなっていると同時に、消費者のテレビ接触が細分化しているからです。ロンドンのデータ解析と調査会社である Ampere Analysisが実施した調査によると、2021年のコンテンツへの総支出は、ストリーミング大手のNetflixを筆頭に、約2200億ドルにのぼります。米国の生活者は昨年、ほぼ1500万年分に相当する動画をストリーミング視聴したこと、また全世界のデジタル広告費は2021年度、29%以上増加し4910億ドルを超えたことを知っている広告主は、デジタル広告に集結しています。
しかも、ストリーミングサービス加入者の93%が今後1年間で利用を増やす予定と答えているように、消費者はストリーミング業界の軌道を変えるつもりはないようです。しかし、これは従来のテレビコンテンツの重要性が下がることを意味している訳ではありません。その反対で、平均的な成人がテレビのライブ視聴に費やす時間は、CTVコンテンツの2倍以上になっています。
コンテンツがさらに豊富になるにつれ、消費者にはさらに多くの選択肢が与えられるようになります。しかし広告主にとって、多種多用なプラットフォーム、デバイスやサービスは、測定面での新たな課題を意味します。選択肢の爆発的な増加によるコンテンツ接触時間の増加は確認されておらず、接触者の数も増えていません。しかし、スマートテレビ(ACR、コンテンツ自動認識)、ケーブルテレビ用チューナー(RPD、リターンパスデータ)から取得したデータを含むビッグデータは、そうでないことを示唆しています。ケーブル・ボックスとスマートテレビから得られるデータも、ストリーミングのアクティビティについては、ほとんどインサイトを提供しません。ケーブル・ボックスは、定義上、従来のテレビデータを提供し、ACRは、視聴者がNetflixを含むネイティブアプリを使用すると、しばしば遮断される仕組みになっています。
ビッグデータはそもそも測定を前提としたデータではないため、実在の「人」を反映していないことを覚えておく必要があります。RPDとACRデータは測定の幅を広げるという点で間違いなく価値がありますが、ビッグデータは実在の「人」ではなく、デバイスを反映しています。ビッグデータ単体では、広告主が最も必要とする「誰が見ているか」「見ていないか」が分かりません。ビッグデータから「人」を除外すると、当然数字は合わなくなります。
ACRデータは、スマートテレビスクリーン上のイメージを特定するため、オーディエンス測定には非常に有用です。しかしデータそのものは、スクリーン上のイメージを特定することしかできません。RPDデータも同様ですが、テレビ本体の電源が入っているかどうかを正しく確認することができません。そのため、セットトップボックスの総インプレッション数の1/4は、電源が入っていないテレビによるものとなっています。
デバイスやスクリーンの利用者を特定できない他、ビッグデータは本質的に偏っており、偏りの度合はデータタイプに依存します。ビッグデータが本当に米国の人口を表すためには、すべてのテレビ世帯がまったく同じテレビを持ち、まったく同じデータストリームを通じて番組にアクセスする必要があります。そのため、全ビッグデータセットを米国の多様な人口を反映する「人」ベースのパネルで調整する必要が生じます。
The World Federation of Advertisers (世界広告主連合)、the Association of National Advertisers (全米広告主協会)、さらには全世界30か国以上の業界団体は皆、スクリーンメディアに対する今後のオーディエンス測定システムは、質の高いパネルとビッグデータの組み合わせであるべきと異口同音に主張しています。
パネルデータを伴わない測定は、多様性を捉えることができません。全てのテレビ保有世帯は同一コンテンツを同一デバイスで視聴しておらず、テレビ保有世帯の構成も地域や国によって異なります。ビッグデータベースの測定では、この誰もが知っているような事実が大きく取り逃されます。
例を挙げると、ヒスパニック系は米国総人口のほぼ20%を占めていますが、ビッグデータはヒスパニック系やその他人種のオーディエンス数を著しく過小カウントします。対してRPDのみをベースとした測定に対するニールセンの分析では、ヒスパニック系の世帯は30%過小評価されていました。このことを踏まえて、次のように考えてみましょう。2020年の米国国勢調査では、ヒスパニック系人口は6,200万人余りです。この人口の半分がある時間にテレビを視聴しており、広告主が RPD データを測定に利用した場合、広告主は気付いていないだけで900万人以上にリーチできている可能性があります。

30% の過小評価は平均的な数字であり、番組単位で見ると、ビッグデータは一般的な人口や多様なオーディエンスの両方に対し、より大きな幅の誤差を生じさせる場合があります。ビッグデータを活用した測定、及びニールセンの業界標準であるパネルベースの測定間の差異に関するニールセンの調査研究によると、プライムタイムに放送された番組に対し、RPD測定は米国の総インプレッション数を69% 過大に測定していました。対してACR測定は、総インプレッション数を12% 過小に測定しました。スポーツ中継番組では、RPD測定はヒスパニック系オーディエンスを47% 過小に測定し、ACR測定は同オーディエンスを12% 過大に測定していました。

広告主にとって、このような測定のばらつきはコスト高になりかねません。新たなデータソース、特に実在する「人」に紐付けられない新たなデータソースは、測定の複雑化を招いています。広告主やパブリッシャーは皆、リーチの最大化を目指していますが、リーチの有効性を検証することの重要性もしっかりと認識しています。
リニアテレビとデジタルの収束が進むにつれ、ビッグデータは測定の重要なインプットとなっています。しかしビッグデータそのものは、信頼に値する測定ソースではありません。消費者がより多様なデバイスやチャネルと関わるようになった現在、過度なエンゲージメントを示すデータは容易に識別することができるでしょう。広告主は確かに多くの代替オーディエンスが提案するオーディエンスのサイズを歓迎しますが、それらの数に対して広告購入を行う場合、最終的には実在の「人」を反映していない数字に対して広告費を支払うことになります。
INSIGHT 2
これからのテレビ視聴の主流はOTA + OTTのバンドル
オーディエンスのテレビとのエンゲージメントに対するストリーミングの影響については、既に多くのことが言われていますが、その影響度合いを最も色濃く表しているのは、有料ケーブルや衛星放送サービスを利用しないテレビ世帯のオーディエンスの行動です。デジタルアンテナで無料のOTA 放送番組(over-the-air:設置したデジタルアンテナでテレビ局からの電波を受信するため、ブロードバンドやインターネットなどの契約なしでテレビコンテンツを視聴する仕組み=地上波放送)に接触するこれらの世帯は、米国の総テレビ保有世帯の内、最もテレビ放送を視聴している層です。しかし最近、この層のテレビ視聴行動に変化が見られます。
有料ケーブルや衛星放送に加入せず、デジタルアンテナのみに頼るこれらの世帯がテレビ放送番組を多く視聴していることは、驚きに値しません。しかしコネクティビティの向上とOTT (オーバーザトップ、インターネットを通じたテレビ視聴)コンテンツの拡充により、ニュースやスポーツコンテンツに偏っていたこれらの世帯において、よりバランスの取れた視聴行動が見受けられるようになりました。
上記のOTA世帯オーディエンスの従来のテレビ放送番組視聴は、ブロードバンド接続とケーブル1加入世帯を引き続き上回っていますが、OTA世帯による従来のテレビ番組視聴時間は減少傾向にあり(1日当たり1時間54分、2018年の同数字は2時間25分)、視聴時間の減少は、ストリーミング動画視聴で補われています。事実、これらのオーディエンスは、有料ケーブルや衛星放送サービス加入世帯よりも多くのストリーミングコンテンツを視聴しています。

テレビオーディエンスの行動変化で最も興味深いのは、米国の総テレビ保有世帯に占めるOTA世帯の割合が極めて安定していることでしょう。ブロードバンド接続とケーブル加入世帯数は過去数年、大きく変動しましたが、OTA世帯数は安定しており、2018年から微増しています。

従来のテレビ放送をルーツとするOTA世帯のオーディエンス示す視聴行動の変化は、ストリーミングコンテンツを好む一般的なテレビ利用者人口の傾向と一致しています。ニールセンが最近実施したテレビカスタム調査2によると、OTA世帯のオーディエンスの80%は、何らかのストリーミングサービスに加入しています。またOTAとストリーミングコンテンツが視聴可能な世帯においては、オーディエンスの2/3は「従来のテレビ放送番組よりもストリーミングコンテンツを多く視聴する」と回答しました。

この消費者行動は、ニールセンのテレビパネルデータを反映しています。SVODやvMVPD(インターネット経由のテレビ放送サービス)に加入していないOTA世帯数の比率は、緩やかな縮小傾向にあります。OTAのみ世帯の平均年齢は61歳、対してOTA+SVOD加入世帯の平均年齢は45歳、OTA+SVOD+vMVPD加入世帯は49歳となっています。

多くのOTA世帯にとってテレビ視聴に費やす支出は懸念材料であり、これはストリーミング視聴内容にも現れています。ニールセンが最近実施した調査でも、OTA視聴者の50%は無料の広告付きストリーミングサービスを視聴すると回答しました。これは有料ケーブルや衛星放送など、OTA以外の番組視聴者の回答数の倍に相当します。全テレビ視聴者の内、OTAオーディエンスのほぼ70%が毎月テレビ番組に費やす金額は「100ドル以下」となっています。しかしテレビサービスに最も期待する特徴や機能について聞いたところ、OTAオーディエンスにおいては「広告なし」と「広告スキップ」が最も優先順位が低い結果となっていました。
テレビ視聴の継続的な進化にもかかわらず、2つの重要なデータがあります。
これらのデータは、OTAの視聴者について私たちが知っていることを考えると、OTA市場の安定性と機会の両方を示しています。彼らは他の視聴者よりも多くのローカルニュース(地方および全国)、スポーツ、デイタイムTVを視聴し、ストリーミングダイエットを拡大しています。
ニュースとスポーツは全てのテレビオーディエンスが好むコンテンツであるため、放送会社にはチャンスがあります。多くのオーディエンスが居住エリアのOTA選択肢に関する詳しい知識を持っておらず、アクセス方法も知らないからです。デジタルアンテナを買わないだろうと回答したオーディエンスの内、35% は「受信できるチャンネルが分からない」ことを理由に挙げています。非OTAオーディエンスに対し、デジタルアンテナを設置すればテレビを無料で視聴できると伝えた後に同じ質問をしたところ、購入(top-2-box、購入する+多分購入する)意向は60% に達しました。
注釈
- ケーブル加入世帯とは、従来のケーブル、衛星または通信接続事業者と契約してテレビ番組を視聴する世帯を意味する。
- The Nielsen TV consumer survey(ニールセンテレビ視聴者調査)は2022年3月9日~24日に実施、言語は英語のみ、手法はオンライン調査。ベース:米国の人口を代表する米国在住の18歳以上の成人で、自宅で何らかのテレビサービスを利用する人。サンプル数 n=1500。
INDUSTRY NEWS
National Interest (外交専門誌)
2022年4月度、ストリーミングがテレビ視聴の30%超を占める
米国の外交専門誌 National Interest は5月28日、ニールセンの月間レポートThe Gauge の内容を取り上げた。同レポートによると2022年4月期、米国の総テレビ視聴の1/3はストリーミングで過去最高を記録、総テレビ視聴に占めるストリーミング割合は初めて30% を突破した。4月期の総テレビ視聴の内訳はケーブルがほぼ37%、ストリーミング 30.4%、従来のテレビ放送が24.7%。ストリーミングの内訳はNetflixが6.6% でトップ、次いでYouTube (6.1%)、Hulu、Amazon、Disney+、HBO Max。
CNBC (経済放送チャンネル)
動画ストリーミングサービス戦争、第一幕が閉幕
経済放送チャンネルのCNBC は5月29日、「ほぼ全ての大手メディア・テクノロジー企業がストリーミング業界に参入し、市場に自らの旗を立てた今、ストリーミング業界戦争の第一幕は閉幕したと宣言してもよい」と報道した。先月、大手SVODサービスNetflixは2022年度第1四半期(1-3月期)の加入者数が10数年ぶりに減少したと発表、ストリーミング戦争の中核が世間の注目を集めた。同社は今後も加入者減を予測していることから、CNBCは「同社の決算発表はストリーミング業界の未来に影を落とし、プラットフォーム数の増加が採算性に悪影響を及ぼす可能性を示した」とコメント。
Digiday (マーケティング・メディアDXニュース)
顧客志向のアプローチを採用した米Amazon Ads
Digiday は5月25日、Amazon Adsスポンサー記事を掲載。同記事では、米国のAmazonが採用する顧客志向の広告キャンペーンアプローチに脚光を当てている。様々なブランドのリーダー達はキャンペーン計画を立てる際、過去のキャンペーン実績から得られたインサイトに頼りがちだ。顧客志向のアプローチを採用し、オーディエンスが広告を視聴するモーメント(瞬間)に共感を得られるクリエイティブを制作することがより高い効果が得られる。Amazon Adsのグローバルクリエイティブサクセス担当ディレクター、Heather Kehrbergは同記事で「クリエイティブ制作に顧客志向のアプローチを採用することは、過去のキャンペーン実績にとらわれず、クリエイティブインサイトに立脚し、特定のクリエイティブ要素を広げていくことにつながる。その後クリエイティブテストを通じて、狙ったオーディエンスの共感を最も獲得し、高い効果を得られたクリエイティブを選定することができる」と同社のアプローチを説明。Digidayは「この手法を採用すれば、企業のマーケティング担当者は広告素材の制作前に、様々なクリエイティブ側面に対するオーディエンスの反応を把握することができる。結果として、投資に対して情報に基づいた意思決定が行なえるようになり、好ましい結果を得られる可能性も高くなる」とコメント。
AiThority (AI最新ニュース・情報)
ニールセン、TikTokと協業してグローバルマーケティングインサイトを発掘
AI、ML、ブロックチェーンなど様々な新興テクノロジーの情報を発信するAiThority は5月24日、TikTokのメディアミックスモデリングプログラムにニールセンが参画すると報道した。同プラットフォームのプログラムの参画企業にニールセンが選ばれたことで、MMM(メディアミックスモデリング)マーケティング測定のリーダーが集結、全世界の広告主に対するレポーティングの一貫性と品質を促進する。その結果、広告主は短尺動画プラットフォームに対するマーケティングの影響をより理解し、インサイトの取得が可能になる。ニールセンがTikTok向けに最近実施したMMM調査によると、TikTokに広告を配信するCPG(消費財)ブランドや企業においては、一貫したプラスのROAS(広告の費用対効果)とオフライン販売効率の向上が確認された。同調査はまた、同プラットフォームから期待されるマーケティング効果を踏まえたその他主要インサイトの発掘に貢献した。

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